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このページは地獄猫さんが製作したプラモデルを紹介するページです。

彗星制作日記(1)

彗星制作日記(2)

彗星制作日記(3)

彗星制作日記(4)

中島飛行機(1)

中島飛行機(2)

中島飛行機(3)

中島飛行機(4)

中島飛行機(5)
   


中島飛行機(6) 鍾馗

あうあう、地獄猫です。

や、やっと完成しました〜、鍾馗・・・・・・・・・・・・。
ここまでの道のりは長かった。
ブースカさん、スミマセンデシタ〜。

二式単戦「鍾馗」が作りたいが為に選んだお題「中島飛行機」ですが、途中で興味が一式戦闘機「隼」に移ってしまひ、なかなか鍾馗の製作が進まなかったという・・・・・・・。
(bu-suka:これはある意味ではプラモデル工房の醍醐味かもしれません(作る側からですが、、)。これまで作ってきたkitの再発見、再確認、新発見が出来ますよね、地獄猫さん。)
やっぱりプラモは制作意欲がノッてる時はガンガン進むし、何をやってもウマく行くのですが、そうでないときは、やることなすことウマくいかないものです。
今回も失敗の連続・・・・・・・・・キット一機分ツブしちゃいました。

まあ、細かい点はかなりアラが目立つものの、完成品をみるとやっぱりウレしいですね〜。丁度、一機失敗したあたりから、ず〜っとスランプ状態だっただけによく完成したと思います。特に、今回はあたしの大好きな名パイロット黒江保彦氏の乗機ということもあって、完成の喜びは特別です!

まあ、これについては、後程ご説明しますね。


さて、キー44、二式単座戦闘機「鍾馗」ですが、日本の陸軍戦闘機の中では、かなり特異な存在です。
運動性、特に旋回性能に至上の価値を置いていた日本陸海軍の戦闘機の流れから外れて速度、武装中心の設計によって生れた初の戦闘機といえます。

これはクルクル回って相手の後ろをとる、という第一次世界大戦以来の空戦法(日本で言うところの格闘戦)から、速度性能を生かして高速で接近し、強力な武装で一撃をかけ急速離脱する、という「一撃離脱戦法」へと空戦そのものが変化しつつあった当時にあって、新戦法にマッチした新しい時代の戦闘機として素晴らしい可能性を秘めていたことを意味するのですが、使用する側の軍自身の思想があやふやなものだった為に、その真価を発揮する事は出来ませんでした。
また、97式戦闘機等の「軽戦」に慣れ親しんだベテランのパイロット達からも、その翼面荷重からくる着陸の難しさ、旋回性能の不足ゆえに敬遠されたとのことです。

そもそも、軍が後の二式単座戦闘機「鍾馗」であるキー44の開発を中島飛行機に命令したのは昭和14年です。この昭和14年という年は、昭和12年に同じく中島飛行機に試作命令が出された キー43、後の一式戦闘機が旋回性能で97式戦闘機に勝てない事を理由に軍から見放され、開発スタッフが改修に四苦八苦していた頃です。
キー43の旋回性能にイチャモンをつけて、素人が考えてもムチャな「97式戦闘機と同程度の格闘性能」を要求していた軍当局が、それまで「戦闘機の理想」としてきた「軽戦」とは全く逆の性能をもつキー44の試作を指示したのか、ちょっとオドロキですね。
キー44の持つ性格は、ノモンハン事件の空戦で、我が「軽戦」97式戦闘機にバタバタと墜とされた、ソヴィエトのI−16等の「重戦」そのものです。

これは、ノモンハン事件で前半戦こそ97式戦闘機の得意な格闘戦に引きずり込まれてやられっぱなしだったソヴィエト空軍が、重戦ならではのペアによる急降下一撃離脱に戦法を変えてきた事、またそれによってわが方の97式は次第に受け身の戦闘を余儀なくされ、また速度性能の不足のため、逃げる敵機を追撃出来ない事などで、パイロット達の一部に速度に対する要求が起こり、それが軍を突き動かしたのではないかと思います。
また、軍の方でも、模範とするドイツ空軍の情報には敏感だったハズで、Bf109等の「重戦」の活躍を知り、「重戦も試してみるか」的な発想があったのではないでしょうか?

試作した中島飛行機では、中島悌技師を中心とする前作キ−43のスタップがそのままキー44の開発に当たったのですが、キー43でさんざん泣かされている「旋回性能」に対する過酷な要求が無いキー44に、開発スタッフの人々はキー43でのうっぷんを晴らすがごとく力を入れたのではないでしょうか?キー44の一種過激とも思えるフォルムを見てると、なにかそういう熱意が感じられます。


速度性能重視の為に、翼面積は15u!(キ−43は22u、零戦は21u弱)「胴体だけで飛んでる」と形容されたほど小さいものです。
適当な戦闘機用大出力エンジンが無かったため、爆撃機用の大直径ハ−41を選択せざるを得ず、異常に頭デッカチとなった機首・・・・そこから急激に絞り込まれる胴体。
これまた速度重視の為の、ものスゴい薄い主翼は前縁が中島戦闘機の特徴である直線、後縁は2段のテーパーとそれまでの日本の戦闘機とは全く違った一種独特の異様で過激なデザインとなりました。 細かい点では、胴体側面に緊急脱出用のハッチがあるのも他の日本機には見られない特徴です。(これはI−16的でもある)

実は、以前WW2中のソヴィエトの戦闘機ラボーチキンLaG−5を作っていた時に、ハッと気づいたのですが、このLaG系の戦闘機と二式単戦を上面から見ると実によく似ている!オドロキました。当然、お互い影響されたハズはなく、伝統的な「重戦王国」ソヴィエトと、「軽戦の国」日本が例外的に作った重戦、キー44がこれだけ似ているものになろうとはオモシロイものですね。
二式単戦のフォルムがソヴィエト機を彷彿とさせるものであることは、いかに二式単戦が「日本機離れ」した機体であるかを物語っているように思います。


上記のように、それまでの日本機とは全く次元の異なる「重戦」として登場した二式単戦「鍾馗」ですが、やはり・・・・というか、軽戦に慣れ親しんだベテランパイロット達からは「こんな暴れ馬に乗れるか!」とさんざんに嫌われました、やはり着陸速度の速さや地上での視界の悪さなどはかなりのベテランでも不安を感じるものだったようです。
しかし、97式等の軽戦に染まっていない革新的な若手パイロット達からは熱烈に支持されたといいます。
「暴れ馬」といわれ、ベテランパイロット達が敬遠する操縦の難しいこの機体を乗りこなす事が、これら若いパイロット達の誇りだったそうです。
また、戦争末期になると、早急なパイロット補充の必要から当初800時間以上の飛行経験者しか乗せない、とされていた二式単戦に100時間そこそこの新米パイロットが乗るようになっても、思ったほど事故は起きず、難なく乗りこなしていたという飛行第47戦隊で二式単戦の整備にあたった刈谷正意氏の証言からも、軍の用法とパイロットの軽戦に対する偏愛に足を引っ張られて真価を発揮出来なかった機体、といえるのではないでしょうか?

ところで、二式単戦と海軍の雷電とは、その設計思想から後の運命に至るまで実に良く似ています。共に、それまでの陸海軍戦闘機とは大きく異なる「重戦」的思想で設計され、適当な戦闘機用エンジンが無いために爆撃機用エンジン(鍾馗は「呑龍」用の、雷電は「一式陸攻」用のエンジン)を使ったこと。
また、ベテランパイロット達から嫌われ、戦闘機としての評価は低かったこと。
米軍の日本本土爆撃が激しくなる頃に見直され、本土防空戦で最後に大活躍の場を見出したこと・・・・・・・・・。
ただ、爆撃機用エンジンを使用したことへの空力的処理は全く対照的です。
二式単戦は大直径の機首はそのままに、以後を急激に絞り込んで表面積の増加を抑えたのに対し、雷電では全く逆に、機体全体を空力的理想形に近づけようとしました。そのため、エンジンから延長軸を介してペラを回すことになり、それが原因の振動発生を解決するのにかなりのタイムロスを生じてしまったのですが、戦後の研究では、どちらの形態でも空力的には大差ないという結果が出たとか・・・・・・。

さて、実戦での鍾馗ですが、個人的にはなんと言っても独立飛行第47中隊(後の飛行第47戦隊)が一番興味深いですね。飛行第47戦隊も、大戦末期、成増飛行場を拠点とし、帝都防空で大活躍した部隊で有名です。(「空対空特攻」震天制空隊を出した部隊としても知られている)
太平洋戦争開戦直後、各部隊の一式戦闘機への機種改編が進まないなか、試作機でも一刻も早く戦力化して前線へ!というわけで試作機段階のキー44をかき集めて9機で編成された部隊が「独立飛行第47中隊」です。この部隊、通称「かわせみ部隊」または当代無双の剣士をそろえた近藤勇のそれにちなんだ「新撰組」といい、隊名の47は忠臣蔵の赤穂浪士四十七士からとっています。
部隊マークはこの四十七士由来の「山鹿流陣太鼓」のデザイン!


部隊のメンバーも、坂川敏雄少佐(第5号機)、神保進大尉、黒江保彦大尉等のそうそうたるベテランパイロットが選ばれ緒戦のシンガポール航空進攻作戦に参加し活躍しました。

実は、その黒江保彦氏の書かれた手記があります。
光人社文庫から出ている「ああ、隼戦闘隊」
がそれです。
黒江氏は97式戦闘機から始まって、この独飛47中隊で鍾馗を駆り、その後、あの名門飛行第64戦隊に転じて英空軍から「魔のクロエ」と恐れられた陸軍屈指のエースパイロットになった方です。この手記の中では、この独立飛行第47中隊発足からの足取りが詳細に記されています、また黒江氏はこの二式単戦を駆って英軍のバッファロー一機を追いつめ丘陵に激突させて、二式単戦による初戦果を記録した方でもあります。

「ああ、隼戦闘隊」は、空戦手記という枠を超えて、氏の人間味溢れる人柄がしのばれる素晴らしい作品でして、あたしの愛読書でもあります。陸軍機ファンのみならず、是非一度読んでみてください(笑)

さて、今回は、この独立飛行第47中隊、第3編隊1番機、8号機の黒江さんの愛機を製作してみました。(はあ、やっとプラモの製作記事にはいれた(笑))
冒頭に書いたとおり、今回の製作はかなり苦労の連続だったんですが、いま目の前にある「黒江さんの愛機」を眺めると、その苦労もふっ飛んでしまひます。手記で読んだ、バッファローの撃墜シーンなんかが目に浮かんで来るようですよ(笑)。

独立飛行第47中隊は、開戦初期の部隊ということもあって、他の陸軍機の一般的な塗装パターンとは大きく異なっています。
まず、胴体側面の日の丸、及び味方識別標識が無い事、これは隼の飛行第64戦隊等の初期の一式戦闘機と同様です。
また、機体の塗装はマレー進出が決り、急遽施されたもので、現地の土質にあわせた茶色にしたつもりだったのですが、実際現地に行ってみるとやや茶色が強すぎたということです。
かなり急いで塗られたようで、塗りムラが目立ち、写真によってはおおまかなマダラ迷彩のようにもみえるくらいです。


キットの方は、ハセガワの1/72
このスケールではこれしかないので、選択の余地はありません。
このキット、かなり古いキットのようで、パーツが一部ヒケていたり、バリがあったりしますが、もとが良かったせいか、パーツ合いは素晴らしいものがあります。
また、パネルラインの凹モールドで、シャープ!全体のフォルムも二式単戦らしさを存分に表現していると思います。ただ、やはり古さを感じるのがコックピット・・・・ただのバスタプ状のパーツが 一つだけ・・・・・・。
また、尾輪の支柱が太すぎたり、カウルフラップ全開状態で表現されているのもちょっと残念です。新金型で出してくれないかなぁ・・・・・・・・・・・ハセガワさん(オネガイ!)
まあ、値段700円を考えると、秀作キットであることはマチガイありません。


黒江さんの乗機はT型なので、少々改造が必要です。 まず、スピナーの先が尖っていること!これはキットのパーツを削って再現します。
また、一番目立つのはT型は環状冷却器装備ということでしょう。
これは、パーツがキットにオマケで入っています・・・・・・・・・・・が、これは少々サビしい出来です。
最初、この部分を自作しようかと思って色々試してみたのですが、ことごとく失敗・・・・・・・・今回の原稿が遅れる原因となっていたのでした(笑)
結局、付属のパーツを使用・・・・・・・・・・・妥協しました・・・・・・・トホホ。
でも、塗装したらそれなりに「見れる」ものになった・・・かな?

脚カバーはII型のように後の陸海軍機の定番となる、車輪覆いが機体下部に残るものではなく、ちょうどI−16そっくりに脚カバーと一体になっていて、脚下げ時には、外側に90度折れ曲がるものです。
これは、脚カバー全体をアルミ板で自作します。
ノーマルにII型を作っても、キットのパーツは厚すぎるので自作しなきゃなんない部分ですからね、ここは。

他には、例によってアンテナ柱は真鍮棒から削り出し、ピトー管、翼内砲も真鍮パイプに替えました。
あと、キットでは、左主翼前縁の着陸前照灯がモールドだけで表現されているので、削って透明パーツを埋め込みます。


翼の日の丸は、II型のものとは違い、白フチ無しの小さいものなので、ストックのデカールの中から適当なモノを選んで貼りました。
また、戦地標識(胴体尾部の白帯)も以後のものとは異なってていて、赤フチがついている特殊なものなので、注意します。
山鹿流陣太鼓のマークと脚カバーのナンバー8(8号機を示す)は手書き
また、プロペラ先端の警戒標識は後の標準の「黄色」ではなくてです。

機体の色は、各種資料を参考に割り出してみました。
例によって、いろいろいな色を適当にマゼて作ったので、何色をどういう比率・・・・・・というのはご披露できません、ご勘弁を(笑)
前述のように、実機の写真を見るとかなりの塗りムラがあるので、出来るだけ再現してみたつもりです。

完成した機体をボ〜ッと眺める・・・・・・・・・・・至福の時ですね〜。
この瞬間が次のキットの製作へのエネルギー源です。

大変長くなってしまひましたが、今回のお題「中島飛行機」はこれで「完」とさせていただきます。いままでお付き合いくださって有り難うございました。

次は、ブースカさんのご提案で「米海軍機」!

最近、ず〜っと日本機を作っていたので、楽しみですね。
いちお〜、ネタとなるキットは買ってストックしてあります、早速作り始めようかな〜。

そんぢゃ!

このページに関するご質問は地獄猫さんまで!!


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